秋月(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ宮村,昭和2年からは和歌山市の大字。明治24年には東西2町余・南北1町余,戸数99,男315・女320,学校1,小船2。大正2年の戸数111,同9年の戸数173,男429・女419,昭和2年の戸数214,同年の職業別戸数は農業39戸・商業41戸・工業27戸・雑業85戸など(宮村誌)。明治22年宮村役場が設置され,大正14年太田に移転。明治12年から同30年まで海部【あま】・名草郡役所が置かれた。明治6年創立の秋月小学は,同26年宮村尋常小学校,同32年宮村尋常高等小学校と改称,昭和16年宮国民学校となり,同22年宮小学校となる。大正12年に宮実科高等女学校創立,昭和2年に宮高等女学校と改称。同22年日進中学校創立。大正期以降,織布工場・鉄工所などの設立がみられた。大正11年秋月乗合自動車会社創立,のちに和歌山自動車会社と改称して,日前宮前~一の橋間を営業運転,和歌山市東部の交通機関として重要な役割を果たした。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7403086 |





