芋生(近代)

明治22年~現在の大字名。昭和30年からは隅田町を冠称。はじめ隅田村,昭和30年からは橋本市の大字。明治24年には,東西10町・南北4町余,戸数46,男138・女132。同31年紀和鉄道(国鉄和歌山線)五条~橋本間が開通,隅田駅を設置したが,昭和59年国鉄和歌山線電化により無人駅となる。昭和24年現在地に隅田中学校を設立,同52年改築。また,昭和37年に市初の誘致工場である日本プレスコンクリート橋本工場が完成。同39年紀ノ川用水の水管橋,同54年市上水道の取水場が建設された。戸数は昭和5年61,同43年127。人口は大正3年302,同9年292,昭和5年260。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7403394 |





