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赤坂(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ下中山村,昭和30年中山村,同32年からは中山町の大字。明治24年の戸数57・人口265,水車2(徴発物件一覧)。米作中心の農村であったが,明治末期から大正初期には葉タバコ栽培が盛んであった。また養蚕も明治・大正・昭和初期までは盛んで,昭和初期には別棟の養蚕場をもつ農家も多数あった。水田裏作として麦,菜種の栽培が行われていた。昭和14年には農林省大山【だいせん】開拓営団が赤坂御立山から奥部の林野を開墾し畑地造成をした。これらの畑地が現在の特産二十世紀梨園であり,面積も196aとなっている。世帯数・人口は昭和23年70・349,同40年60・275。大正初期頃には村内に医師1軒・宿屋1軒・造り酒屋1軒・紺屋1軒で,信用組合(農協)・駐在所などが建てられた。農業主体の村も,米作の減反政策や農産物下落などにより兼業農家化し,現在の専業農家は4戸である。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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