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坂原(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ富沢村,昭和11年からは智頭町の大字。明治24年の戸数22・人口106(徴発物件一覧)。道路は明治20年代に至り富沢谷~物見峠越津山線が開通。電灯は大正10年憲政・政友両派による抗争があったが同年点灯。昭和9年室戸台風による大洪水のため橋梁流失・堤防決壊・田畑土砂流入や谷川よりの増水により浸水家屋もあるなど大きな被害を受けた。大正12年の戸数21。産業としては大正期から昭和期にかけて養蚕が盛んで,ほかに木炭・薪・桑・繭も生産されていた。昭和32年簡易水道が完成,同40年坂原橋が完成。従来より稲作を主体としてきたが,第2次大戦後兼業農家が中心となり,米の減反以後は花類・大豆・ジャガイモ・オーレンなどの栽培や家畜飼料が作られている。昭和26年には地内をバスが運行した。昭和30年の世帯数19・人口102,同40年の世帯数19。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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