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俣野(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ神奈川村,昭和28年からは江府町の大字。明治24年の戸数113・人口615(徴発物件一覧)。同32年の民地反別は,田68町・畑34町・山林1,163町・原野518町(日野山桜)。昭和22年,国道から連絡していた村道が県道に昇格,さらに袋小路であったものが広域農道とつながって下蚊屋【さがりかや】,岡山県川上村へ通じた。会社バスは同30年に運行開始。電話は昭和26年旧村営で第1号が開通,同37年,公衆電話に集団加入。同年簡易郵便局開局。現在町の農協出張所がある。明治以降の産業は,薪炭・米・和牛・葉タバコ栽培などによってきたが,近時は賃金収入を主とする形態に変わった。俣野川下流武庫地内の急峻なV字峡谷と花崗岩の地質,日野川支流中第6位の水量を条件として,昭和初期からダム建設に着目されてきたが,中国電力により西日本最大規模の揚水式発電所が計画され,昭和55年地内池ノ内に出力120万kwの地下埋設式発電所建設に着手,同60年には貯水量500万tのダムが完成する予定である。昭和33年の集落別世帯数・農家戸数は,池ノ内63・55,尾上原33・33,日ノ詰31・31,深山口9・9(江府町史)。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7409858