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天河内村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。邇摩郡のうち。江戸期を通じて幕府領大森代官所支配地。佐摩【さま】組に属す。慶応2年~明治2年は長州藩預り地。「石見国高郷村帳」の村高は378石余,「天保郷帳」では388石余。戸数・人口は享保9年97・423,文久3年103・553。純農村で他に格別の産業もない。大森銀山との関連からみると,銀山御囲村三十二か村にも,炭方六か村の内にも定められていなかったが,副業として男は縄・莚のほかに薪・焼炭,女は木綿織と銀山叺【かます】などを作っていた記録がみられる(文化三年村明細書上帳)。「石見雑記」には「名物生姜【しようが】。八幡宮,往古馬背山鎮座,今は白石山に移す。禅宗福王山善光寺・真宗玉蓮山満行寺」などがみえる。なお,仁万舟表番所の添村(4か村)に定められ,その修復,建替えなどの費用が課せられていた。明治9年島根県に所属。「皇国地誌」には,田47町余・畑36町余・山林212町余,戸数は106・人口は543,牛87・馬1,白石八幡宮,真宗満行寺・曹洞宗善興寺,人民共立小学校は白石にあり,男19・女1が通学。寺垣田には郵便取扱所がある。職業は農90・商1・木挽1・石工5・医師2・左官2で,物産には農産物のほかに,ショウガ882貫・実綿95斤・葉タバコ320斤・酒10石などがある。同22年邇摩郡明治【めいじ】村の大字となる。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7410553