東村(近世)

江戸期~明治22年の村名。出雲国神門【かんど】郡のうち。江戸期は松江藩領。「大数録」の村高は270石,宝暦11年は273石余(佐田町史),「天保郷帳」では268石余。宝暦4年「神門郡万指出帳」によると,戸数55・人口382で,男181・女201,うち農375。明治4年島根県に所属。「皇国地誌」によると田33町余・畑24町余・山林201町余,戸数76・人口313で,男166・女147,農66・大工1・木挽5・桶屋1・商1。神戸川およびその支流でとれるアユは年間およそ7,000尾余で他地方へ販売していた。主な物産は米320石・麦126石・大豆52石など。牛73・馬2。村社は狭槌神社で,寺・学校はない。明治22年神門郡乙立【おつたち】村の大字東村となる。同年の戸数77・人口313。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7413545 |





