原村(近代)

明治22年~昭和31年の佐伯郡の自治体名。大字は編成せず。字橋本に役場を設置。戸数・人口は,明治22年269・1,323,同24年252・1,343。米・麦・雑穀・繭・木材・薪・炭・醤油などを廿日市・広島方面へ積み出した。明治18年から海外移民が始まり,現勢調査簿によれば同30年の移民者数108人(ハワイ54・北米合衆国52・その他2)・収得金は7,550円。明治23年養蚕農家28戸があったが,昭和初年に衰退した。明治22年頃地価修正運動が高まり,同24年頃極楽寺山の官有林が払い戻された。同40年共同苗代反対運動が起こり,同44年には原村地主会結成。明治40年の戸数309・人口1,407。明治末年頃荷馬車・自転車が普及。廿日市と結ぶ道路が大正8年郡道に,同13年には廿日市三和線として県道に昇格。大正10年電灯がつく。昭和22年国立原療養所開設。大正15年戸数240・人口1,072,昭和31年世帯数293・人口1,598。同31年廿日市町の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7423341 |





