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手洗(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ豊田下村,昭和29年からは豊田町の大字。豊田下村の村役場が地内字貴布禰に開設。明治24年の戸数39・人口211(男117・女94),寺院1,学校1(徴発物件一覧)。行政区は,昭和31年から手洗・東長野をあわせて三野和となる。三野和行政区の世帯数・人口は,昭和40年83・366(男169・女197),同55年87・343(男163・女180),同60年90(うち手洗71)・326(男158・女168)。明治中期から昭和10年過ぎまで養蚕が行われていたが,戦争で衰退した。昭和44年の稲作面積は手洗22戸で3,427a,飯塚11戸で767a(食糧事務所資料)。明治23年に手洗尋常小学校を赤崎に改築移転,翌24年高等科を設置,明治41年貴布禰の現在地に改築移転,現豊田下小学校となる。同44年豊田下村役場内に豊田下信用組合を設立。大正9年字飯塚に新築移転。昭和22年豊田下中学校を小学校の近くに設立。昭和37年町営住宅を役場跡に4戸,同43年字飯塚に10戸建設。同40年小学校を全面改築,大正8年豊田下郵便局を字飯塚に開設,同11年石町郵便局と改称。昭和53年同地に日蓮宗寿量山薬善寺を創建。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7425836