大代(近代)

明治22年~現在の大字名。昭和30年からは大津町を冠称。はじめ大津村,昭和30年からは鳴門市の大字。明治24年の戸数321・人口1,226(男707・女519),厩48,寺1,学校1,船8(徴発物件一覧表)。大津村役場・大津農協・大代郵便局などの所在地。農業経営規模が小さかったので農間期には叺・ムシロなどのワラ工品の製作が盛んであった。大代山の梨木の栽植による開墾が進むにつれ,出水ごとに大代谷川の氾濫が続いた。大正11年大津西尋常高等小学校校舎新築。当地の大凧は阿洲城北名物凧寄せのなかでも群を抜くもので輪違いを描いた宇陀紙350枚からなる。5,6月頃南東風が吹くと地区あげて里浦の海岸に凧を持ち寄り競って揚げた。この凧は丸凧の周囲を赤く塗り中央に地区ごとの図柄が描かれた。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7427230 |





