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乙瀬(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ住吉村,昭和30年からは藍住町の大字。明治24年の戸数157・人口470(男244・女226),厩36,寺1(徴発物件一覧表)。昭和30年の世帯数83・人口446(男232・女214),同31年の耕地面積800反(田536・畑264)。旧吉野川沿いに畑作地があるが,大正期には桑園となり,現在は果樹園や野菜畑となっている。旧吉野川から南にいくにつれ次第に低地となり原池がみられ,大正期には東西約100m・南北約60m位の大きな池であったが現在は埋め立てられて青木公園となっている。付近の低地は昭和40年頃はレンコン栽培が行われていたが病気の発生により現在あまりみられなくなった。また低地で地価が安価であったため宅地造成が行われ,同50年以降急速に宅地化され,人口が増加し,乙瀬公会堂や乙瀬団地集会所も建設され,法音寺の近くに霊園もつくられた。旧吉野川に沿って密生していた竹藪も第2次大戦中や戦後の食糧増産運動のために開墾されて昔の面影をとどめていない。同55年の世界農林業センサスによれば農家数46うち専業農家18,耕地面積田23.07ha,畑6.99ha,野菜類・水稲・豆類・飼料作物・イモ類が栽培されている。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7427319