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上浦(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ牛島村,昭和29年からは鴨島町の大字。明治24年の戸数722・人口1,578(男787・女791),厩50,寺2,学校1,船1(徴発物件一覧表)。江戸期から明治40年頃にかけて,水田が南の山麓沿いにある以外は,ほとんど畑地で藍・麦・雑穀などを生産,養蚕も行われていた。明治30年代になると藍作が衰退し,代わって養蚕が盛んとなり,昭和16年頃まで続いた。明治41年に麻名用水が通水してからは,畑地の多くが水田化した。現在は野菜作りや酪農も盛んである。大正期から瓦の生産が行われ,現在も良質の屋根瓦が作られており,年間の生産量は10万~12万枚である。南部の山林からは薪や松材が生産され,明治期~昭和30年頃までは盛んに切り出され,山林の仕事に従事している者もかなりいた。世帯数・人口は,昭和35年344・1,689,同55年415・1,623。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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