田浦(近代)

明治22年~昭和32年の大字名。はじめ小松島村,明治40年小松島町,昭和26年からは小松島市の大字。明治23年松島尋常小学校児安分教場が開校,同25年現在の児安小学校の前身児安尋常小学校として独立開校した(小松島市史)。明治24年の戸数191・人口755(男391・女364),厩136,寺1,学校1,船10(徴発物件一覧表)。現在の主要地方道小松島佐那河内線に沿って街村が形成されて商業が行われているが,産業の主体は農業で米作が営まれている。大正期~昭和初期にかけて養蚕とともにわら加工品(莚・叺)の生産も行われた。昭和初期からは山林を開墾して温州ミカンを栽培するようになった。昭和32年田浦町となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7427968 |





