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水崎(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ宮浜村,昭和31年上那賀村,同32年からは上那賀町の大字。明治24年の戸数27・人口172(男94・女78),船6(徴発物件一覧表)。昭和3年桜谷小学校は桜谷字東畑から地内字水崎原に移転した。同5年山の尾根や中腹を通る山道に沿い一周7kmの地形を利用した新四国八十八か所の石仏が置かれた。四国霊場八十八か所を巡拝し霊地の土をもらい受け,その土と石仏が一致するよう埋め勧請された。現在の新道路にひきつがれ,参拝者が数多く訪れる。対岸の集落との交通は,渡し船のほか大正期に入ると吊舟が用いられたが,昭和32年頃には釣橋にかわり,現在吊舟は相生【あいおい】町川浦集落で使用されている。昭和22年には桜谷小学校に併置された宮浜中学校は,同28年小浜に移転。桜谷小学校は,昭和36年桜谷幼稚園を併置,同50年轟小学校を統合。世帯数・人口は,昭和55年26・100,同60年25・97。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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