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矢武(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ松坂村,昭和30年からは板野町の大字。明治24年の戸数261・人口1,267(男635・女632),厩42,寺4,学校1。同32年矢武尋常小学校は松坂尋常小学校となり,校地は那東に移り,松坂村全域が校区となった。農作物は藍・麦・大豆であったが,同40年代から藍作が衰え,畑地の桑園化が進む。同41年から板名用水が通水し,水田化が進み,桑園は少なくなった。大正12年阿波電気軌道により池谷~鍛冶屋原間に鉄道が敷かれ,北部地区撫養街道沿いを汽車が走るようになり,徳島・鳴門への交通は便利になった。同軌道は大正15年阿波鉄道と改称,昭和8年国鉄に移管された。第2次大戦後は園芸農業・ハウス栽培が進み,ニンジン・イチゴその他の野菜栽培が増加した。昭和30年北部が板野町羅漢となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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