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笠岡(近代)


 明治23年~現在の大字名。昭和30年からは笠田を冠称。はじめ笠田村,昭和30年豊中村,同32年から豊中町の大字。「かさおか」がなまって「かそか」ともいう。明治24年の戸数342・人口1,750(男888・女862),幅員東西11町・南北25町,寺1,学校1(徴発物件一覧)。同31年寛延の百姓一揆の大西権兵衛など,義民を祀る七義士神社が六ツ松に創建された。同年香川県乗合馬車営業取締規則が公布され,同39年六ツ松と善通寺の間に乗合馬車が開通し,馬6頭・車両4台が使用された。また六ツ松の長池の国道沿い,大津池の旧国道沿いは人力車の駐車場であり,明治末期までよく利用された(豊中町誌)。大正4年笠岡の鳥取次郎八が,大正天皇御即位式典に用いる主基殿御用筵を200枚奉納した。笠田村は村をあげて準備し,当地に主基殿御筵碑を建立した。簡易小学校は明治24年笠田尋常小学校,同38年笠田尋常高等小学校となった。同年における尋常科から高等科への進学割合は,男子19%余・女子20%であった。昭和30年頃からシイタケ栽培が始められ,同36年には栽培を行う者が150人にものぼった。また,当地は下高野・岡本と並んで畑地が多い。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7429272