仁尾町(近代)

大正13年~現在の三豊郡の自治体名。村制時の2大字を継承。面積15.81km[sup]2[/sup]。大正13~14年頃から模造真珠の原玉の製造が盛んとなりアメリカ・カナダなどに輸出された。第2次大戦のため一時不振をきたすが,戦後再び活況を呈した。昭和2年頃から緬羊が飼育され,同15年頃にはほとんどの農家で飼育され,戦時下にあって優良な純毛を産した。昭和9年に完成した詫間駅に通じる加嶺線・加嶺トンネルの開通は町長塩田正太郎が私費を投じて完成した。乗合自動車は大正13年に仁尾自動車商会と仁尾真鍋バスが営業され,仁尾から詫間・観音寺・善通寺へ運行したが昭和12年に国に買収され代わって省営バスとなった。世帯数・人口は,大正14年1,642・7,640(男3,826・女3,814),昭和10年1,698・8,505,同20年1,951・1万214(男4,680・女5,534),同24年2,182・1万947を最高に減少,同25年は2,094・1万1,025。昭和53年詫間町大浜の一部を編入。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7430084 |





