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久妙寺村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。周布【すふ】郡のうち。松山藩領。村高は「慶安郷村数帳」では387石余,うち田348石余・畑39石余,「元禄村浦記」「天保郷帳」ともに387石余,「旧高旧領」388石余。「周布郡大手鑑」による宝永7年の家数56軒・人口237,牛18・馬15,田41町余・畑6町余。真言宗久妙寺は京都仁和寺の支院。本寺は行基の創建で,西海が再興して嵯峨帝の御祈願所となったと伝える。本尊の観音は行基作という。同寺には寺子屋が設置された。明治4年多田学校設置,同7年廃止され適道学校となる。教員数2・生徒数78,うち男66・女12。明治5年の「松山領里正鑑」では里正は白坂千次郎。同6年愛媛県に所属。「周布郡地誌」によれば,田48町余・畑3町余・宅地3町余・雑種地3反余・山林20町余,戸数89・人口400,牛21・馬30。三島神社は大山積命・高龗神・雷神を祭神とし,明治10年村社となる。物産は米。職業は農業78・工業4・雑業7。明治22年福岡村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7431798