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友浦(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ宮窪村,昭和27年からは宮窪町の現行大字。地内に宮窪村役場が置かれたが,のち大字宮窪に移転。大正4年の戸数212・人口1,144(越智郡々勢誌)。明治中期がタイ網の最盛期で,大正10年頃中野梅吉は1網で2万5,000尾,藤木友造は3万尾のタイを獲り,タイでいっぱいの網が浮き上がって船を持ち上げたという。昭和10年頃から機船底引などの出現で網数は次第に減少。友浦リンゴは,明治39年杜氏として出稼ぎに行った青野太郎吉が興居【ごご】島(松山市)から持ち帰り,昭和15~16年には25町歩に達し,全国一出荷の早い友浦リンゴとして同25~26年まで有名であったが,冷凍リンゴの進出により衰微した。同32年一部が大字四阪島【しさかじま】となる。同40年地内の友浦小学校が大字宮窪の宮窪小学校に統合。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7432747