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麓村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。風早【かざはや】郡粟井郷のうち。松山藩領。村高は「慶安郷村数帳」では120石余,うち田72石余・畑48石余,「元禄村浦記」120石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに126石余。天保2年の「免定大積帳」では田畑合計14町余,免6.8。同14年の庄屋は伴右衛門(渡部家文書)。神社は河内神社。明治5年の「松山領里正鑑」では里正は重松信四郎。同6年愛媛県に所属。「風早郡地誌」によれば村の広さは東西22町32間・南北8町21間,戸数21・人口123,牛6・馬7,全戸農業であった。明治22年粟井村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7433382