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弘見(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ奥内村,昭和26年大内町,同32年からは大月町の大字。明治24年の戸数230・人口1,215(男642・女573),厩50。同35年小学校に高等科を設置し,尋常4年,高等科2年の弘見小学校となる。大正9年の豪雨による被害は甚大で,同10年耕地整理組合が設立され,復旧に努めた(大内町史)。同年天理教奥内分教会設立。昭和22年弘見中学校開校。同23年葉タバコ栽培導入,同31年葉タバコ収納所が当地に建設された。同34年,弘見神社(芝)・八坂神社(本田)・白皇神社(長沢)・貴船神社(成畑)・白山神社(田城)・三島神社(郷)・白皇神社(亀尾・笠木)・白髪神社(大駄場)の8社を弘見神社に統合して,三島の森の旧弘見小学校跡に建立する。同年までは夏(旧暦6月12日),秋(旧暦9月22日)の大祭には8社の神輿が一堂に参集し壮観であった。大正初期から昭和20年代後半までは馬産地として知られ,子馬のセリ市が開かれるなど,きわめて盛んであった。昭和44年,地内の中央部をほぼ南北に通じる県道が国道321号となり,急速に改良され宿毛【すくも】市市街地まで13kmと短縮された。同年日本メリヤス大月工場,同47年大月縫製工場設立。同48~49年稲作転換事業により27ha余(笠木地区13ha・遠田地区14ha)の耕地基盤整備が行われた。同49年宿毛高校大月分校が開校。なお,大月町は現在行政上,弘見地区内の小集落を行政区としている。昭和56年の世帯数・人口は638・2,185,うち馬路12・55,田城78・264,成畑60・238,芝126・390,郷124・394,本田58・189,亀尾45・152,長沢46・199,地吉6・19,笠木54・179,大駄場29・106。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7437191