吉野(近代)

明治22年~現在の大野見村の大字名。明治24年の戸数75・人口353(男175・女178),厩34,学校1,船1。昭和30年の世帯数149・人口650(男320・女330)。明治23年水害のため吉野小学校は休校となるが,同24年久万秋に移転し,久万秋尋常小学校となる。同35年同校を再び当地に移転し吉野小学校とした。同校は昭和7年青年訓練所,同11年農業青年学校を併設し,同16年大野見中央国民学校,同22年大野見中央小学校と改称。同年大野見中学校開校,同23年大野見第一中学校となる(大野見村史)。明治24年盗火のため村役場が全焼し,一時奈路に移転,同30年当地に新築した。明治29年大野見郵便局開局,昭和9年電信取扱開始。明治35年須崎警察署大野見駐在所設置。同41年郡道久礼線が当地まで開通,大正2年郡道吉野窪川線(現主要県道窪川船戸線)着工,昭和3年開通。同4年久礼~吉野間の野村バス開通,同14年高知県交通バスに統合されたがのち運休。同22年大野見~久礼間に高知県交通バス運行再開,同45年廃止されるが高南観光バスがあとを受け継いだ。大正15年電灯がともる。昭和43年大野見村給食センター完成,同47年高幡消防組合大野見分駐所開所,同49年大野見青年の家,同51年に村民体育館が落成した(同前)。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7437753 |





