下曰佐村(近世)

江戸期~明治22年の村名。筑前国那珂郡のうち。福岡藩領。天正年間の「指出前之帳」によれば,地積・分米は田13町余・146石余,畠8町余・70石余,合計22町余・217石余。村高は,「慶長国絵図」542石余,「正保郷帳」465石余(田375石余・畠89石余),「天保郷帳」625石余,「旧高旧領」617石余。地内に住吉大神社がある。明治初期の戸数34・人口178(男91・女87),反別は田31町余・畠11町余・大縄田畑6町余,産物は米・大豆のほか麦5石・大根1万本・櫨実690斤・菜種60石余(地理全誌)。同22年曰佐村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7440618 |





