100辞書・辞典一括検索

JLogos

47

福田村(近代)


 明治22年~昭和29年の西彼杵郡の自治体名。大字は編成せず。大浦郷・小浦郷・本村郷・小江郷・小江原郷・柿泊郷・中浦郷・手熊郷・上浦郷の行政区がある。本村郷に村役場を置く。明治24年の幅員は東西2里25町・南北2里10町,戸数576・人口3,461(男1,635・女1,826),寺院1,学校2,病院1,大船1・小船260(徴発物件一覧表)。世帯数・人口は,大正9年743・3,834,昭和10年711・3,663,同25年969・5,132。大正4年の「長崎県大観」によれば,戸数635・人口4,383,学校は福田学校・手熊学校があり,児童数は合わせて425(男209・女216),官公署には村役場,神社は天満神社・白髭神社・愛宕神社,寺院には西光寺があった。昭和19年12月24日,長崎~瀬戸間の連絡船近海丸が福田村小浦沖合いで沈没,乗客260名余が死亡した。同22年福田中学校創立。同23年長崎バス福田線開通。福田漁港・手熊漁港は長崎港の外港としての位置にあるが,漁業従事者は年々減少している。同25年一部が長崎市に編入。同29年の就業者の割合は農業52%・水産業16%・その他32%である。同30年1月1日長崎市の一部となり,村制時の各行政区は同市の行政区に継承。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7449281