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原村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。上益城【かみましき】郡のうち。熊本藩領。村高は,「寛永郷帳」207石余,「正保郷帳」も同高でうち田100石余・畠107石余,「天保郷帳」も207石余,「旧高旧領」326石余。「肥後国誌」では,もと中島手永,のち矢部手永に属し,高326石余,小村に早楠尾村・津具角村・尾崎村が見え,熊本から3里の里数木が当村原を通る矢部街道にあり,浄土真宗西派正光寺は元和元年法専の開基と記す。文政元年頃の肥後藩手永別村名(永青文庫)には小村に突角・早栗花【わさくりけ】・こそ・尾崎の4村がある。「国郡一統志」には熊野権現・妙見・天神・正光寺などが記される。文政8年頃の益城上郡手鑑によれば,高326石余,年貢率2割9分,反別は田9町余・畑11町余,竈数45・人数214うち男108・女106,牛100・馬157,庄屋は孫左衛門(綾部家旧蔵文書)。熊本県,白川県を経て,明治9年熊本県に所属。「郡村誌」によれば,田28町2反余・畑43町4反余,戸数43・人数211,牛105・馬109,物産は穀類のほか甘藷・芋・杉板・茶など,民業は農業40戸・木挽職1戸。同18年金内小学校原村分教場が設立された。同22年中島村の大字となる。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7453576