100辞書・辞典一括検索

JLogos

41

広崎(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ広安村,昭和29年からは益城町の大字。明治24年の戸数113,人口は男246・女268。同32年木山県道(現主要地方道熊本高森線)が村内を貫通。同36年稚蚕共同飼育組合として設立された惣領広崎組合は同43年広崎組合となる(上益城郡誌)。大正5年電灯布設。熊本市に近接し,昭和44年市街化区域指定以後住宅地化が急速に進む。北原に食料品・電気機械器具・精密機械器具製造の会社誘致を目差す益城工業団地ができ,企業が進出。同52年完成の九州自動車道が東部を縦貫する。同55年九州電力広崎変電所が設立され,電力条件や輸送条件・労働人口にも恵まれる。北部府内古閑地域は昭和45年ボーリングによる畑地灌漑(水田化)がなされ,キャベツ・トマト・スイカ・メロンなどの蔬菜栽培が盛ん。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7453783