大野郡

明治4年廃藩置県で岡県・臼杵県となり,同年11月には大分県に統合。明治8年1月の郡内村数458村。同年3月に160村に統合,その後若干の合併を経て明治22年の市制町村制施行で,野津市村など30村に統合された。野津市村は野津市町・野津町と変わり,昭和26年田野村を合併,昭和32年南野津村・川登村を合併して今の野津町となった。三重村は明治35年三重町,昭和26年菅尾村・百枝村を合併して今日の三重町となる。同30年牧口村・白山【はくさん】村・合川村と南緒方村の一部が合併して清川村となる。当時はその後分離問題が紛糾し,「東の砂川,西の清川」といわれた。緒方村は昭和25年緒方町と改称,同30年長谷川村・上緒方村・小富士村・南緒方村(一部)を合併し今日に至る。昭和29年上井田村・西大野村が合併し朝地町となる。明治40年大野村・田中村・中井田村・土師【はじ】村・養老村が合併し東大野村。昭和3年大野町と改称。同16年井田村・柴原村が合併して千歳村となる。明治36年犬飼村が犬飼町と改称,昭和30年長谷【ながたに】村・戸上【とのうえ】村を合併,今の犬飼町となる。明治25年小野市村・重岡村2村は南海部郡に編入,昭和30年合併して宇目村,同36年宇目町と改称。郡内町村は,いずれも合併後,複雑な境界変更があった。現在農業構造改善事業を実施,各町村とも農道・林道・大規模圃場などの整備により機械化に努力し,基幹作目の米作のほか,余剰労働力を養豚・畜牛・椎茸栽培・養蚕や煙草・栗・野菜の生産に向け,新しい村づくりに努力している。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7455527 |





