本庄(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ本庄村,大正8年本庄町,昭和31年からは国富町の大字。もとは南本庄村・北本庄村・六日町・十日町。本庄村,本庄町,国富町の役場所在地。明治24年の「徴発物件一覧表」では本庄の名は見えず,南本庄村・北本庄村・六日町・十日町として記されており,南本庄村の幅員は東西30町・南北5町余,戸数269・人口1,326(男655・女671),厩81,寺院2,学校1,小船14,北本庄村の幅員は東西4町余・南北25町,戸数202・人口830(男418・女412),厩25,水車場1,六日町の幅員は東西4町・南北1町,戸数136・人口605(男307・女298),厩42,小船2,十日町の幅員は東西12町・南北1町余,戸数173・人口798(男398・女400),厩74,寺院2,小船1。昭和30年代から人口の増加に伴い町営住宅の建設が始められた。同41年町役場の新庁舎が完成した。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7460818 |





