泊村(近世)

江戸期~明治22年の村名。薩摩国河辺郡坊泊郷のうち。江戸初期,当村が1郷として把握されることもあった(県史)。村高は「天保郷帳」によれば994石余,「旧高旧領」によれば332石余。明暦頃からカツオ漁が始まり昭和初期まで続いた。明暦頃早水吉左衛門が宇治群島を所有し(坊津拾遺誌),天和・貞享の頃には赤崎市左衛門が宇治群島でカツオ漁をしていたという(坊泊水産誌)。文政4年のカツオ船22隻・泊浦漁家83戸。寺社には時衆宗海室山清水院法光寺,当郷総鎮守九玉大明神社がある(三国名勝図会)。明治2年南方郷に所属。「県地誌」によれば,戸数556,うち社1,人口2,323,うち士族234・平民2,089。明治初期の農家数230・商家数25・漁家数150。明治16年の戸数526・人口1,835。同22年西南方村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7462752 |





