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湊村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。薩摩国日置【ひおき】郡市来【いちき】郷のうち。村高は,「天保郷帳」では740石余,「旧高旧領」では730石余。寺院には曹洞宗梅巌寺・補陀山潮音寺があった。物産としては塩。大里川河口付近は「当郷の内にて,水勢最大なるゆえに,遠近の舟舶多く来て繋泊せり,此辺湊村の内にて,湊浦といへり」とあり(三国名勝図会),浦町として発展し湊町といわれた。地頭仮屋は湊町に置かれていた。「県地誌」では,湊村として戸数532・人口2,576,うち士族508・平民2,068,牛3・馬120,神社は菅原神社・熊野神社,寺院に,明治12年建立の真宗西本願寺末常来寺,同14年建立の東本願寺派出所があり,公立小学校は西部にあり生徒数158,うち男121・女37,戸長役場・警察署・郵便局は西部にあり,物産としては米・粟・麦・甘藷・塩。ほかに湊町として戸数261・人口1,199。明治22年当村のうち湊町は西市来村の大字湊町,残余の村域は西市来村の大字湊となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7463423