上間(近代)

明治41年~現在の字名。はじめ真和志村,昭和28年真和志市,同32年からは那覇市の字。第2次大戦前の戸数120で,サトウキビ栽培のほか,養豚が盛んであった。またウイマー豆腐で知られ,約40戸がこれを副業としていた。年中行事が盛んで,3月3日にミヤラビ(娘)総出の上間モーイ(踊り)や春秋2回の原勝負には地内の馬場で上間ヌイ馬を行ってにぎわったという。戦後,住民は摩文仁【まぶに】村糸洲に集結し,のち豊見城【とみぐすく】村嘉数へ移動。暫定行政区となる。当時の戸数77・人口241。昭和20年8月に帰住した。農業は,昭和38年の耕地面積3,826a,同52年の戸数14・耕地面積433a。事業所数は,昭和45年76,同47年86,同53年146。昭和54年一部が長田2丁目となる。世帯・人口は,昭和45年507・2,139,同52年1,057・3,987。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7463952 |





