亀井町(近世~近代)

江戸期~昭和32年の町名もとは寺地・武家地であったが(府志料),天和年間寺院・武家屋敷が移転し,跡地に町屋を起立町名はもと寺地であったので賀名をつけたとも,亀井某の開発地であったからともいわれる竹細工職人が多く住み,亀井町の駕籠は江戸名産品の1つであった(砂子・続砂子)明治元年東京府,同11年日本橋区に所属明治2年,北の元岩井町埋立地・柳原【やなぎわら】岩井町納地が合併飛地を馬喰【ばくろ】町(中央区)に編入明治5年の戸数225・人口878(府志料)昭和7年南の大部分は小伝馬【こでんま】町3丁目の一部となる残余は同8年神田区に編入され神田区亀井町となり,昭和22年からは千代田区に所属,神田亀井町と神田を冠称昭和33年神田材木町の一部となる

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7615696 |





