キプロス(国のなりたち)

キプロスの歴史は異民族支配の歴史である。紀元前15世紀以前からエジプトの支配下に置かれ,次いでミケーネ人,アッシリア人の支配を経てペルシャ領となり,ペルシャが滅びると再びエジプト,その後ローマ,十字軍の占領,都市国家ベネチアへの従属など,各国の手から手へと渡ったのち,1571年からはオスマン・トルコ領となった。露土戦争後の1878年,オスマン・トルコとの協定により英国が支配することとなり,英国は1914年キプロスを併合,その状態は第二次大戦後まで続いた。キプロスの住民構成はギリシャ系78%,トルコ系18%だが,多数派ギリシャ系と少数派トルコ系との対立と抗争が,この国の独立と独立後の運命を大きく左右することになる。第二次大戦後,ギリシャ系住民の間に民族主義運動が高まり,ギリシャへの復帰運動を進める「キプロス戦闘者全国組織(EOKA)」やマカリオス大主教が率いる「国民青年同盟(PEON)」などが中心となり,50年代に激しい反英運動を繰り広げた。その結果,59年に独立についての協定が成立,60年8月に独立を達成したものの, 63年トルコ系の権利を制限する憲法改正を示唆したことからトルコ系の反発を招いて内戦に発展,国連平和維持軍が派遣された。74年ギリシャ系のクーデター未遂が発覚すると,トルコ政府はトルコ系住民の保護を名目に3万の軍隊を派遣してファマグスタとニコシアを結ぶ線以北,全島の約40%を占領した。国連安保理事会の決議によって戦闘は停止されたが,その後の国連の調停,当事国間の再三の会議にもかかわらず,問題は解決されていない。トルコ系はトルコ軍の支援のもと, 83年に島の北部約3,400kを「北キプロス・トルコ共和国」として分離独立を宣言,以来島は南北に分断固定化されることとなった。

![]() | 東京書籍 「世界各国要覧」 JLogosID : 14050273 |





