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公民権運動


civil rights movement

" 広義には、憲法の保障した権利の適用を求めるマイノリティーの運動全般を、狭義には、1954年のブラウン判決、55年のローザパークスによるバス乗車拒否事件、マーチン・ルーサーキング牧師の指導したバス・ボイコット闘争以降の、公民権法成立を要求する黒人の運動を指す。1909年設立の全米有色人種地位向上協会(NAACP)は、黒人の権利と繁栄を旗印とした、全米最古の公民権法成立を目指す組織で、キング牧師非暴力主義運動が主流となる50年代半ばまで地道な闘いを続け、ブラウン判決勝ち取る下地をつくった。63年8月のワシントン大行進で20万人の行列の先頭に立ったキングは、有名な「私には夢がある(“I Have a Dream"")」との演説を行い、法案成立に大きなインパクトを与えた。翌64年7月、ジョンソン政権下で、人種差別撤廃をうたった公民権法が成立する。その後は、この奴隷解放宣言に次ぐ成果をいかに実質化していくかが、黒人解放運動の中核をなしていくこととなる。キングは64年にノーベル平和賞を受賞したが、68年4月、テネシーメンフィスで暗殺された。キング誕生日(1月15日)は86年、連邦の祝祭日キング牧師記念日(Martin Luther King Day、1月第3月曜日)として認められ、民間人の業績を記念した初のナショナルホリデーとなった。キング牧師暗殺事件を契機として、黒人の自立した権力を希求するブラック・パワーなる戦闘的なスローガンが広く受け入れられるようになり、ベトナム戦争反対運動とも結び付き、黒人解放運動に大きな転機をもたらすに至る。70年代以降、反差別運動は沈静化の傾向を示すが、公民権運動の悪しき副産物としての、黒人内部の深刻な階級分裂といった新たな問題も顕著になってきた。NAACPなどの公民権団体の近年の実績も含めて、公民権運動の成果の質そのものを問い直す動きもある。ファラカンネーション・オブ・イスラム」議長とチュービスNAACP前会長の呼びかけによる、95年10月のワシントン「100万人大行進」は、公民権運動指導者が黒人社会統合の象徴であった時代の終焉(しゅうえん)を物語るものであった。"




朝日新聞社
「知恵蔵2009」
JLogosID : 14846562