塗籠
【ぬりごめ】

襖障子(ふすましょうじ)・衝立(ついたて)障子・御簾(みす)・几帳(きちょう)など、可動式の仕切りが中心の家屋において、周囲を土壁で塗り込め、施錠もできた塗籠は特異な空間だった。
通常は寝室や、盗難・火災などから家財を守るための納戸(なんど)として用いられていたが、その密室性・閉鎖性ゆえ、人が非常時にこもる場所にもなった。
月から迎えにやって来た天人たちに、かぐや姫を渡すまいとした竹取の翁がかぐや姫を閉じ込めたり(『竹取物語』)、夕霧の求愛を避けるため、落葉の宮が閉じこもったり(『源氏物語』夕霧巻)、藤壺(ふじつぼ)に逢(あ)おうとして光源氏が隠れていた(『源氏物語』賢木巻)のが塗籠であった。
一方、塗籠には神秘的な性格もあった。『今昔物語集』には、塗籠にまつわる奇怪な話がいくつか記されている。例えば、もとは左大臣源融(とおる)の邸宅であった河原院に泊まった宇多院の前に、「この家の主に候ふ翁」と名乗る融の亡霊が塗籠から現れた話(巻二七・二)、「丈五寸ばかりなる五位」の姿の霊が十人ほど、塗籠から戸を少しあけて出てきた話(巻二七・三〇)、丈三尺ぐらいできばをもった女の鬼が塗籠から姿を見せた話(巻二七・三一)などがある。これらはいずれも、ふだんは人が住んでいない建物が話の舞台になっている。塗籠は、建物に居着く物の怪(け)がこもる部屋でもあったのである。
宮中における塗籠にも不思議な伝えが残っている。『古事談』一・四には、「夜の御殿(=清涼殿の中にあった天皇の寝所)の傍らの塗籠の中に、ひらひらとひらめき光りければ」と記されており、やはり強い霊威が存在していたことが分かる。

![]() | 東京書籍 「全訳古語辞典」 JLogosID : 5113510 |