人に知られで

名にし負はば 逢坂山(あふさかやま)の さねかづら 人に知られで くるよしもがな
〈後撰・恋三・七〇〇・藤原定方(さだかた)〉
[訳]「逢(あ)って共寝をするという名前をもっている、逢坂山のさねかずらよ。その名前のとおりで、かずらをたぐり寄せるように、人に知られずにあなたのもとに逢いに行く手立てがあればよいのになあ」
<参考>『後撰和歌集』の詞書に「◎女に遣はしける」とあり、「さねかづら」(=びなんかずら)に添えて贈った歌か。「名にし負ふ」というのは、当時の言語意識で事物名から掛詞的に他の事物を連想するものである。「逢坂山のさねかづら」から、「逢ふ」「さ寝」を思い浮かべるのである。上の句は、「かづら」(=つる草)の縁語「繰る」にかけて「来る」を導く序詞となる。主体の位置によって、「来る」は「行く」に通じる。逢って寝るという名をもつ「逢坂山のさねかづら」にあやかって、人に知られずに通っていき、逢瀬(おうせ)をもちたいというのである。『小倉百人一首』の作者表記は「三条右大臣(さんでうのうだいじん)」である。

![]() | 東京書籍 「全訳古語辞典」 JLogosID : 5113587 |