大澗
【おおま】
(近代)昭和8年~現在の行政字名。はじめ尻岸内(しりきしない)村,昭和39年尻岸内町,同60年からは恵山(えさん)町の行政字。もとは尻岸内村の一部。旧地名はシリケシナイで「山の下の沢」の意。天和2年八幡神社,明治21年曹洞宗高岸寺が創建(尻岸内沿革史)。昭和21年加藤清松がイカの肝臓による油肥・肥料の製造を開始,現在では油肥工業となっている。同32年簡易水道敷設。世帯数・人口は,同35年126・760,同40年135・828,同55年132・580。出稼人数は,昭和50年92,同56年47。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7001294 |