汐見町
【しおみちょう】

(近代)明治14年~昭和40年の町名。はじめ函館市中の1町,明治32年函館区,大正11年からは函館市の町名。もとは南新町の一部。明治12年の大火後の街区改正事業により成立。町名は,大森浜方面の潮の流れの見える高台に位置していることによるものか。明治16年の戸数73・人口374(管内村町別戸口表/饒石叢書)。明治2年箱館戦争の際の官軍の死者を慰霊するために招魂場が造営され,のち招魂社,昭和14年に護国神社となる。明治8年函館裁判所庁舎が新築落成。同15年函館控訴裁判所と改称,のちに控訴院となり,大正10年に札幌へ移転。明治15年,始審裁判所が併設,同23年に函館地方裁判所と改称。明治21年区営水道布設の工事起工,翌22年配水池が設置。同27年頃ロシア領事館が置かれたが,同30年代に船見町に移転。明治28年の「函館のしるべ」には,当町は区内で地勢最高の位置を占め,官舎が密集した町域であったと見える。同40年の大火で一部焼失,元町の函館女子尋常高等小学校が当町に移転,同43年校舎落成,昭和4年汐見小学校となる。明治38年の本籍戸数58・人口239,寄留戸数120・人口392(伊藤鋳之助文書)。大正9年の世帯数113・人口544。昭和7年NHK放送局開局(旧南部陣屋跡)。同8年青年会館(もと杉浦嘉七邸宅,現函館市公民館)竣工。昭和9年の大火で229世帯が罹災。翌10年の世帯数126・人口603。同年の有業者世帯数125(函館市職業別世帯分散状況調査書)。同24年,函館営林署が新築。同30年潮見中学校校舎落成。同33年函館山ロープウエー開業。同40年の世帯数292・人口1,037,同年元町・青柳町となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7003585 |





