法源寺
【ほうげんじ】

渡島(おしま)地方松前町字松城にある寺。曹洞宗。山号は松前山。本尊は釈迦牟尼仏。北海道寺院の中でも最古に属する古刹。開創は享徳3年,武田信広を慕うとともに曹洞禅の地方布教の使命を帯びた若狭出身の僧随芳が奥尻島に到来したのち,漁人を教化して文明元年一宇を建立したのに始まる。延徳2年,信広は上之国勝山に随芳を請じて住持させ法源寺と称し,永正11年,信広の長男蠣崎光広の大館移転とともに移り,その際,松前山と号した。永禄2年,秋田檜山の国清寺の末寺になった。法源寺は武田信広・光広父子の菩提寺であったが,随芳のあと法嗣がなく,看坊の寺院と化し,義広以後の菩提寺は同宗の法幢寺へと切り替わった。しかし近世を通じて,藩側から祈祷に際して一定の財施も下付されていた。文化4年は玄米15俵,文政6年は玄米5俵など。法源寺の檀家数は,寛政11年の幕府直轄以前は城下に270~314戸,それ以後は約600戸,明治26年頃は485戸であった。明治初年の箱館戦争の兵火で本堂その他を失ったが,山門だけはその災いを免れ,桃山期前後の作とされる山門は昭和32年,道文化財に指定された。墓地には松前広長や蠣崎波響の墓があり,本堂には俳人松窓乙二と門弟の句額がある。近世後期から明治初年の「法源寺公宗記録」(松前町史史料1)を所蔵する。昭和34年,大本山の総持寺別院となった(松前町史・北海道寺院沿革誌)。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7007769 |





