上吉田
【かみよした】

旧国名:陸奥
相坂川(奥入瀬(おいらせ)川)中流右岸の平地とその背後の台地に位置する。天正19年九戸の乱が起こった。その際,南部信直の麾下に吉田兵部なる者があった。「東奥軍記」に「吉田兵部・福田掃部助両人,政実ニ語ラレ忽ニ異心ヲ挿ミ,九戸エ内通シ信直公ノ御陣ノ後ヲ取切,三戸ノ通路ヲ指フサキケレバ諸勢以ノ外難儀ス」とあり,三戸城の背後をおびやかす位置にあったことが知られるが,当地との関わりは未詳。村落のほぼ中央に,吉田孫六の開基と伝える海伝寺がある。
【上吉田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【上吉田(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7010570 |





