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諏訪神社
【すわじんじゃ】


三戸郡名川町剣吉にある神社。旧村社。祭神は建御名方命。陽広寺(曹洞宗)の東に隣接する。大同2年坂上田村麻呂の創祀で,田村麻呂が境内の四ツ谷の池の水が霊気を帯びており剣を磨くのに適しているといったので,剣吉という地名ができたと伝える。享保5年と天明8年に八戸藩は巡見使通行に当たり,無事終了の祈祷を命じている(八戸藩日記)。また寛政5年・同7年・同9年・文化4年・天保7年には,農民の願い出て,日和乞・雨乞・五穀豊穣などの祈祷が許され,天保7年7月には上名久井の諏訪神社とともに,藩から日和乞の祈祷を命じられている(同前)。享保8年8月4日藩で不行跡者を処分するため行方をさがすと,剣吉の諏訪神社の祭礼へ行っているという情報を得,役人に剣吉出張を命じたということがあり(同前),すでにこの頃から祭礼は行われていたものと考えられる。延享2年3月再建というから(糠部五郡小史),その2年前,「八戸藩日記」寛保3年11月3日条に見える大火の際,隣の陽広寺とともに類焼したものらしい。天保元年2月にも焼亡,10月30日に藩に対して再建費用50貫文の借用,5か年返済を願い出て許可されている(八戸藩勘定所日記)。当社は村民の手により管理運営されており,社領はなかった。明和8年京都で神輿を新調,受領のため上京した氏子の世話人村井吉兵衛が,神楽・商宮律・鹿踊を伝えたといわれ,古くから神輿の渡御に供奉している。現在は名川町秋祭として9月8~10日に行われている。この例祭の神輿渡御には剣吉町内から山車が数台供奉するが,この山車は当町独特のもので,山車の飾付の下部に舞台が設けられ,老若男女が交互に南部手踊の名技を披露する。末社に稲荷神社があり,ここには延享元年銘の八戸藩和算の大家恵賢和尚の青銅の銘がある柄鏡がある。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7011456