大仏
【だいぶつ】

旧国名:陸奥
馬淵(まべち)川支流浅水川の右岸に位置する。地内に大仏館跡があり,別名尻内館と称する。建武元年4月南部師行にあてた多田貞綱書状(遠野南部文書/岩手県中世文書上)によれば,工藤左衛門次郎が上尻内を領していることから,工藤氏が居館していたともみられる(南部諸城の研究)。師行入部以前に大仏氏が居館したという伝承や白米城の伝説も残る。永禄10年当地を支配していた櫛引氏が根城を攻撃したため,4年後の元亀2年に報復を受け,以後根城南部氏領になるとともに尻内館には中館宮内少輔政直が配されたという(南部八戸家系/三翁昔語)。
【大仏村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【大仏(近代)】 明治22年~昭和30年の上長苗代村の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7011547 |





