近岡村
【ちかおかむら】

旧国名:陸奥
(近世)江戸期~明治9年の村名。津軽郡田舎庄のうち。津軽平野の中央部,岩木川中流の西岸に位置する。地名の由来は,金田村の近くの丘陵地に立地することによるという(柏村郷土史)。寛文年間に木造新田の開発に伴い開発されたと考えられる(同前)。もとは金田村の故郷で,のちに分村したと伝える(同前)。弘前藩領。村高は,享保16年の検地水帳274石余(田266石余・畑屋敷8石余),「天保郷帳」325石余,「旧高旧領」317石余。享保12年には広須新田川通り32か村に属し,村位は下,宝暦4年には広須組に所属(平山日記)。享保16年の検地水帳によれば,反別は田38町余・畑屋敷3町余,田は上田から下々田まであり,うち半分は下田が占め,畑は下畑から下々畑が設定された。他に田地への開発可能地として3町余がある。用水は地内を北流する出精川を利用。明治4年弘前県を経て,青森県に所属。明治初年の戸数31,うち支村上近岡の戸数7(国誌)。同9年稲盛(いせ)村の一部となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7011726 |





