目時
【めとき】

旧国名:陸奥
馬淵(まべち)川の左岸段丘上に位置する。南は岩手県二戸市に接する。縄文前・中期の土器が出土する中平遺跡,晩期の中野遺跡などがある。目時館は大小2つの館により形成されているが,大館・小館の間を国道4号が通り,地形の変化は甚だしい。館跡の広さは東西約200m・南北約100mの平坦地で西南部は約20mの断崖をなし馬淵川に臨む。東南部は現在深さ約15mの谷であるが,南北部は埋められている。北東部の堀の代用と思われる谷は埋められて現在国道とされている。小館は国道の東側で,東西・南北とも約50m。目時館は目時築前の居館,目時氏は左馬助,肥前,築前と称したが,本姓は津島氏(参考諸家系図)。文禄年間と推定される7月27日の俊恕書状に「目時より 不染済俊恕」と見え,当地に根城南部氏の家臣俊恕が居住していた(遠野南部文書/岩手県中世文書中)。
【目時村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【目時(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7013148 |





