五大堂
【ごだいどう】

旧国名:陸奥
東部山地の縁辺をなす丘陵が,地内の大半を占める。南を添市川が西流し,北上川に合流。地名の由来は五大尊を祀る五大堂による。伝承では,古くは鷺の巣村と呼ばれ,字名にその名をとどめている。寺院に真言宗豊山派貴峰山光勝寺がある。承和年間慈覚大師開基と伝える。五大堂は光勝寺境内にあり旧正月7日には,若者たちによって蘇民祭の行事(1年間の息災祈願の板札を入れた蘇民袋の争奪戦)が行われる。光勝寺背後の山に廃寺跡がある。残存礎石などから,古代寺院跡かと思われるが不明。廃寺跡と沢を1つ隔てて空濠がめぐる。「すみっこ館」と呼ぶ館跡がある。添市川左岸に長沢遺跡(安堵屋敷遺跡ともいう),右岸の高台に高畑遺跡があり,ともに,縄文中期の竪穴住居址が発掘された。
【五大堂村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【五大堂(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7014588 |





