下江釣子
【しもえづりこ】

旧国名:陸奥
北上盆地のほぼ中央部,和賀川下流左岸の沖積地および低位の金ケ崎段丘面上に位置する。段丘崖の比高は5m内外で,ほかは北西部がやや高く,南東部にゆるやかに傾斜する平坦地。段丘下に豊富な湧水(すず)地帯がある。地名の由来は,江釣子神社の御神体(観音像)を和賀川で釣り上げたという縁起に基づくといい,上江釣子に対する。地内に蔵屋敷遺跡(弥生時代,奈良期~平安期),下江釣子羽場遺跡(奈良~平安期)などの考古遺跡,大永2年開基の月光山通来寺(真宗大谷派),天文21年開基の日月山全明寺(曹洞宗),天正4年建立の新渡戸観音堂(和賀・稗貫・紫波三郡三十三か所観音27番札所)などの寺社がある。鎮守江釣子神社は嘉禄元年創建というが不詳,境内に正和元年の「祖母養ね」供養碑がある。
【下江釣子村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【下江釣子(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7014832 |





