日詰①
【ひづめ】

旧国名:陸奥
南流する北上川中流右岸,北上川に流入する大坪川下流左岸に位置する。地名の由来については,アイヌ語の「ピッモイ」(小石原の平地),あるいは「ペッモイ」(河辺の平地)が転訛したものとする説(紫波郡誌),あるいは毎月,月の終わりの日がつまった29日に市場が開かれたところであるとする説(岩手の地名ものがたり)などがある。字牡丹野に縄文後期,字石田に縄文後期・晩期の遺跡があり,字石田(北上川堤防付近)からは蕨手刀1口も発見されている。字朝日田・七久保からは土師器・須恵器が出土。
【日詰町(近世)】 江戸期~明治初年の町名。
【日詰新田(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【日詰町(近代)】 明治22年~昭和30年の紫波郡の自治体名。
【日詰新田(近代)】 明治22年~昭和30年の日詰町の大字名。
【日詰(近代)】 昭和30年~現在の紫波町の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7015904 |





