100辞書・辞典一括検索

JLogos

30

湯田
【ゆだ】


旧国名:陸奥

奥羽山脈の山懐に抱かれ,沢内盆地の南端に位置する。北の和賀岳に源を発した和賀川は南流し,鬼ケ瀬川・小鬼ケ瀬川が合流する付近で東流する。四囲の山々から発する下前川・左草川・湯之沢川・鬼ケ瀬川・小鬼ケ瀬川・廻戸川・鷲之巣川・南本内川の各河川が和賀川本流に注ぐ。耕地はこれらの河岸段丘面上にあり,標高300m内外の高地に点在分布する。西端は奥羽山脈の主山系の分水嶺で秋田県と境しており,主な山嶺は北から女神山・割倉山・白木峠・三森山・三界山・南本内岳・焼石岳・牛形山・鷲ケ森山などである。銅鉱床など豊富な地下資源が埋蔵され,また湯本・湯川・巣郷などの温泉湧出に恵まれている。地名の由来は温泉の湧く所にちなむ。地内に先土器時代から弥生時代にかけての大台野遺跡がある。湯田・川尻・野々宿の各神社は沢内開闢伝説に由来する四社明神の1つ(他は沢内村住吉神社)。白木峠の往還は古く源義家が安倍貞任を追って越えた古道といい(義経記),また秀衡街道や秀衡掘り・吉治掘りの金山など平泉藤原氏の黄金伝説を物語る伝承地が多い(邦内郷村志・沢内風土記)。地内の中館は中館左衛門尉の館跡と伝えられ,「和賀御分限録」(小田島家記録)には和賀氏の家臣として「二十六石 仲館惣十郎」が見える。中館跡は県立西和賀高校西約500mの丘陵先端部。基部には二重の濠を廻らした主郭と後部には空濠で仕切られた一郭が確認できる(城郭大系2)。
湯田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
湯田村(近代)】 明治22年~昭和39年の自治体名。
湯田町(近代)】 昭和39年~現在の和賀郡の自治体名。
湯田(近代)】 明治22年~現在の行政区名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7016398