南沢①
【みなみざわ】

旧国名:陸奥
北上川支流南沢川の上流に位置する。隣接地北沢に対応する地名で,横山南沢とも称し,南沢・北沢を合わせて横山と汎称する。中世産金遺跡が多く,地内の八升(はつしよう)囲という地名は1日に金8升を産したので名づけられたという。登米(とめ)郡方面内陸部と追波(おつぱ)川口を結ぶ古交通路で,当地を祖先に持つ家が各地にある。字野尻に怪猫伝説が語り継がれている。戦国期の,字久保(くぼ)の窪館に葛西の臣横山右近高継が居住したと伝えられ(古城書上),天正18年伊達政宗が,会津黒川城(会津若松市)において殺した弟小次郎政道を,文禄年間に,小次郎のお守役だった小原縫殿之助定綱が,母保春院の意を承けて当地に改葬,自分は長谷寺に入って殉死したと伝えている(封内風土記)。
【南沢村(近世)】 江戸期~明治8年の村名。
【南沢(近代)】 明治22年~昭和29年の横山村の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7019245 |





