大坂新田村
【おおさかしんでんむら】

旧国名:出羽
(近世)江戸期~明治10年の村名。出羽国仙北(せんぼく)郡(寛文4年まで山本郡)のうち。秋田藩領。中世末期から江戸初期にかけては元本堂村のうち。寛文10年に独立。大坂村とも称し,村名は奥羽山脈越え脇街道の坂によるという(享保郡邑記・月の出羽路)。真昼(まひる)岳・太平山西麓の台地上に位置する。赤倉川が西流。「元禄7郡絵図」に48石余と図示。「元禄15年変地目録」にもその旨を記載。「享保黒印高帳」で村高326石余・当高165石余(すべて新田),「寛政村附帳」で当高188石余(すべて給分)と認定。枝郷に田沢(たのさわ)・高野(たかの)・狐森・宇津野(うづの)・雑分(ざんぶ)・谷地中・才ノ神(さいのかみ)・荒井の8か村を擁し,のち雑分村は廃村となる。戸数は「享保郡邑記」では47軒(うち枝郷分45),「秋田風土記」で35軒,「月の出羽路」では39軒・170人(肝煎新田小三郎)・馬25頭とある。親郷は当初は板見内(いたみない)村,幕末には千屋(せんや)村の寄郷となる。村鎮守は高野村の大日堂。他に神明社がある。「天保郷帳」は165石余。「元治元年仙北郡村々取調帳」では当高198石余,41軒・173人・馬36頭とある(小貫家文書)。明治10年元本堂村と合併し,浪花(なにわ)村の一部となる。同22年まで浪花村の大字を構成したとみられるが未詳。同22年以後は小字の大坂として地名をとどめる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7020151 |





